プロフィール

BBC、ドイツ国際放送などの国際メディアジャーナリストや 国内外企業のナレーターとして活躍 国際ホームスタジオナレーター・松本好恵のプロフィール


国際ホームスタジオナレーターの松本好恵は、音楽の趣味をきっかけに自宅でのナレーションをはじめました。今ではグローバル水準の音質と、ネイティブに評価される英語の発音が可能になりました。今では京都のホームスタジオを拠点にドイツ国際放送をはじめとする国際メディアや、国内外企業のナレーションなどで活躍しています。

 

 


●ラジオに染まった子ども時代
小学校の頃、自分の部屋でラジオを聞くのが楽しみで、学校から帰ったらすぐにラジオを流していました。丁度ラジオの黄金期で地元京都のAM放送KBS京都ラジオの全盛期でした。声を聞くだけで、どのアナウンサーが喋っているかすぐに名前を当てられましたし、たまたま新聞で自分が知っているアナウンサーやDJの写真が出ていれば切り抜いて保存したり、スタジオ見学に行って機材を見て大興奮するようなラジオおたくでした。特に夜の10時から深夜1時まで毎日放送されていた「ハイヤング京都」という番組が大好きでした。各曜日の担当パーソナリティのうち、水曜日のつボイノリオさん、金曜の若宮テイ子さんの大ファンでした。サブカルチャー、雑学をつボイノリオさんから学び、音楽を若宮テイ子さんから学びました。夜中1時まで親にバレないよう寝ているフリをしながら、こそこそイヤホンを枕元まで伸ばしてラジオを聞いていました。映像はないのに、話術だけで何時間も耳をひきつけられるのです。すごいパワーだと思いました。

●洋楽を通して英語に興味を持つ
ラジオの影響から洋楽が大好きになり、ポップス、ソウル、ロックなど、色んな時代の音楽を聴いていました。中でも好きな曲は自分で歌ってみたくなり、歌詞カードを見ながら、英語をたどっていました。また中学生の頃には歌詞の意味も気になりだして、実際に歌詞を訳したりもしていました。すると英語の歌詞には、韻があり、その韻がリズムになっているのに気付き、更に英語に興味をもつようになりました。しかし実際は中学、高校時代と勉強が大嫌いでまじめに学校の勉強をしていませんでした。それでも英語だけは点数が取れたので京都外国語大学に進学することができました。

●英語で挫折した大学時代
入学までは自分は英語が得意だと思い込んでいて、将来は英語を活かした仕事をしようと思っていました。ところが、大学で挫折を経験。英語ペラペラの帰国子女をはじめ、周りの生徒は自分より数段優れており、自分の身の程を知り、英語を活かした仕事はあきらめることにしました。また貧乏学生だったので、アルバイトと学業の両立で体力的にもクタクタ。「まあ、何とか卒業さえすれば」と、無駄な4年間を過ごしました。

●アナウンスから再び英語の道へ
卒業後も英語を活かした仕事は考えることはありませんでした。ただ子供のころからラジオや音楽が好きだったので、DJになりたいという思いがあり、大学4回生のときに、アナウンススクールに通い、そこで1年ほど、正しいアクセントや、話し方、DJ、司会、レポーターの技術などについて学びました。大学を卒業してすぐ、テレビのレポーターの仕事やラジオの仕事があり、またイベント司会の仕事も始めるようになりました。
お世話になっている方が結婚されるということで、結婚式の司会を依頼されたことをきっかけに、披露宴の司会のスクールに通い、披露宴の司会も始めるようになりました。しばらくして普通の司会だけではなく、もっと何か役に立てるものはないかと考える中で、国際結婚で英語の司会ができればと思い、英語を本格的に勉強しはじめました。
マンツーマンのネイティブの先生を探し、会話の訓練を始めました。そして集中的に英語を上達させるために、短期留学を決意しました。

●アイルランド、スコットランドへの短期留学
本来なら1年以上長期留学ができたら良かったのですが、仕事を休止して留学となると、3ヶ月が限界。集中的に学力を上げたかったので、「日本人の少なそうな土地に留学しよう」と思い、2ヶ月をアイルランドのダブリン、1ヶ月をイギリス スコットランドのアバディーンという日本ではあまり留学先として人気のなさそうな土地を選びました。
ダブリンの語学学校初日、クラスを決める試験を受け、決まったのはUpper intermediate(中の上)クラス。しかし実際の授業は、とにかく全てが英語になってしまったので、ついていくのに必死でした。それでも1ヶ月ほどですっかり馴染んでしまいました。そしてあっという間に残りの1ヶ月も過ぎ、名残惜しいまま、次はスコットランドのアバディーンへ。こちらはダブリンの学校より落ち着いた雰囲気。アバディーンは北海油田があるので、オイル関係の仕事のために英語を学ぶ生徒や、オイル関係の企業で駐在する家族なども通っていました。ここでの試験結果はAdvanced(上級)クラスでした。新しいクラスの生徒はみんな、私にとって先生のようなレベル。学習するための教材も「こっ…これを読むの?」というほどレベルが高く、毎日が冷や汗ものでした。やっと慣れた頃に帰国。あっという間の3ヶ月でしたが、充実した楽しい日々でした。

●帰国後の英語学習
3ヶ月の留学を経て日本に帰ると、以前の様に毎日英語漬けではなくなってしまいました。そこでスカイプ英会話を始め、とにかく毎日英語で話すこと続けるようにしました。
英語で思考し、英語で話すことに慣れると、今度は英語を正確に日本語の言葉にして訳すには、別の技術が必要と思うようになり、翻訳、通訳スクールにも通いました。時事英語、経済、世界情勢についても理解できるよう勉強しました。
英語の記事を読んだり、CNNBBCVOAなどの英語の放送を聴いたりして、すぐ日本語に訳すという訓練は今も欠かさず続けています。

●米国人クライアントの厳しい指摘を経て、ネイティブに評価される発音を身に着ける
帰国してから仕事を再開しました。あるとき、自身もナレーターであるアメリカ人クライアントから、英語のナレーションの仕事の依頼がありました。そこで録音音声を提出したところ、発音をボロボロに指摘されました。ネイティブにとって、とんでもなく日本人的な発音だったのです。自分はちゃんと発音しているつもりでも、なかなか気づけなかったのです。しかし、録音した素材を聞き、よく発音をチェックしてみると確かにそうでした。それからは自分で発音の欠点に気づくようになりました。子音の発音をおろそかにしていたのです。オンライン辞書の音声素材と自分の発音を聞き比べ、日本人的な発音になってしまう原因を分析し、必死で正しい発音を矯正していきました。
その結果、一年後の英語録音の発音を聞いた同じアメリカ人クライアントから「とてもナチュラルになった」と褒めてもらえるようになりました。それからは別のクライアントから、研究施設のレポート発表用の原稿のお手本を読むためのオーディションがありましたが、候補にはネイティブのナレーターもいる中、「ニュートラルでわかりやすい」という理由で私を選んでもらえるようになりました。また英語の物語を朗読する仕事や、e-learningの英会話講座のナレーションなども担当するようになりました。

●ナレーションの仕事を始め、海外との仕事を通したレベルアップ
子供のころからずっと音楽が大好きで、バンドを始め、ボーカルを担当していました。最初は自分でデモテープを録音していたのですが、あるキッカケで自分たちの音楽をテレビの深夜番組で流してもらえることになり、本格的に自宅録音を始めるようになりました。そこでソフトやハードを揃え、音声の編集なども自然と学んでいきました。

大学卒業後よりナレーター、DJ、司会の仕事をしており、2003年ごろから自宅でのナレーションの仕事を始めました。きっかけは、バンドで自宅録音の経験があったこと、喋りの仕事をしていたこと、この二つを併せたら、自分でナレーションを請け負うホームスタジオナレーターとしての業務ができると思いついたからです。以前から趣味の音楽のサイトも作っていたので、そのサイトに「ナレーション承ります」というページを作ったのが始まりです。当時は珍しかったのか、検索されやすく、すぐに依頼があり、美術館博物館の音声ガイドのナレーションの仕事を定期的にいただくようになりました。
当初はストレートに文章を読むスタイルのナレーションが多かったのですが、次第に物語風ナレーションの要望も増え、効果音を交えてのお芝居風ナレーションなど、一人でおじいちゃん、舞妓さん、侍、子供まで、時には8役こなすような様々な声色の使い分をするなど、その役割に入り込んで演じています。
海外からの仕事を初めて受注したのは、今もずっとお世話になっているアメリカ人のクライアントからで、彼自身も長年ナレーターとして活躍しているのですが、そのエージェンシーから、アメリカのピアノ会社の製品紹介ビデオ用のナレーションの依頼がありました。それからは他国のナレーター仲間からも仕事を紹介されるようになりました。
仕事を始めた初期に比べると機材を変えたことで、音質がかなり向上しています。凝り性なので、マイクも性能を調べて試行錯誤しながら変えていき、自分の声質にあったものを選んでいきました。聴覚に優れたアメリカ人のクライアントの指導もありノイズは格段に減っていきました。自宅のスタジオには、部屋の中に防音ブースを設置、そこにコンデンサーマイクを立てて録音。録音後の音声処理、ノイズの除去作業は音声編集ソフトを使って丁寧に手作業で行っています。

●世界で需要が拡大するホームスタジオナレーター
今、世界的にホームスタジオナレーターの需要は確実に増えてきています。ホームスタジオナレーターとは、自らスタジオ設備やミキサーなどの編集機材を持ち、ナレーションから録音、編集まで一貫管理して行うナレーターのことです。需要が増えている背景は2つあります。1つはインターネットによって世界中どこの国のクライアントに対してもナレーションの仕事ができるようになったこと。2つめは、ホームスタジオナレーターは従来のナレーターやスタジオに比べて、一貫管理により効率的に仕事ができることです。

従来、ナレーションの録音には、ナレーターだけでなく、ディレクター、ミキサー、その他スタッフのスケジュール、そしてスタジオの空き状況などのスケジュール調整が必要でした。一方、ホームスタジオナレーターであれば、そのようなスケジュール調整は不要で、本人のスケジュール次第ですぐ録音を開始できます。人件費やスタジオ費用などの調整もしやすく、急な発注の変更にもすぐに対応ができます。完成までの日数や費用も短縮でき、効率的にプロジェクトを進めることができるというメリットがあります。
特にアメリカでは放送関係の優れた人材が、放送局や制作会社の近くだけではなく、広い国土に散らばっています。それらの人材がスタジオまで出向くのも大変なので、自宅で録音するホームスタジオのナレーターが増えていきました。日本ではホームスタジオナレーターはまだ発展途上の状態です。というのもナレーターはスタジオのある都市部に住んでいることが多く、近隣の騒音や環境の問題も要因になっているからと考えられます。特に日本では、海外で求められる水準の音質、ノイズ対策を満たすホームスタジオナレーターは極めて限られるのではないでしょうか。

ホームスタジオナレーターへの依頼主は様々です。私の場合は、企業や製作会社から直接依頼される場合もありますが、同業者やナレーション事務所を通して依頼が来る場合も多くあります。海外では、アメリカ、イギリスのほか、IT業界が活発なインド、アイルランド、イスラエルなどからの依頼も多くあります。内容は多岐に渡りますが、例えば、海外からは、外資系企業の日本支部向けラーニングに関する映像、外資系企業のコンプライアンスに関する映像、読み聞かせ絵本アプリ日本語吹き替え版、ゲームの日本語吹き替え版、海外企業の日本語での電話応答アナウンスなど、また日本では、都道府県からシンポジウムなどの映像音声や、研究所の学会発表用DVDの英語ナレーション、TV制作会社からはコマーシャルや、番組のナレーション、読み聞かせ絵本の日本語と英語ナレーション、ロボットの声など様々です。

●国際ホームスタジオナレーター 松本好恵の特徴、強み
1つめは、ネイティブに評価されるレベルの英語でナレーションの仕事ができることです。英語でクライアントとのやり取りはもちろん、英語を日本語に翻訳して、ナレーションまでトータルで行うことができます。発音もネイティブが「ナチュラル」と評価する発音ができます。外資系企業から依頼される仕事では、元は英語で書かれていたナレーション原稿を日本語に翻訳した原稿が送られてきますが、その原稿の文章がおかしいこともよくあります。そのような場合に希望にあわせて文章をリライトもできます。

2つめは、喋りのプロとして、分かりやすい言葉を選んで訳すことができることです。通常の会話では分かりやすい「話し言葉」に翻訳します。既に完成している映像に、日本語で翻訳をあてがう場合、言葉を選んで尺の調整もできます。日本独自の文化を、限られた枠で伝えるのは難しいのですが、できる限り言葉を選んで理解してもらえるように心がけています。また、万国共通ですが、とにかく相手が望んでいることを叶えて、喜んでもらえるよう、悪い気持ちにさせないよう、クライアントの国柄や人柄、特徴や性格を、常に察するよう心がけています。

3つめは、グローバル水準の音質を満たすホームスタジオナレーターであるということです。自らナレーション、録音、編集をワンストップで行うことができます。ホームスタジオは、試行錯誤を重ね、海外で求められる水準を満たす設備を備えました。特に英語圏の場合なのかもしれませんが、可聴音域が違う為か、日本人が気にしない音がかなり聞こえてくるようです。アメリカ人のクライアントから、グローバル水準の音質のレベルについて教わり、改善をしていくようになりました。次第に耳も研ぎ澄まされ、音質やノイズを聞き取るレベルが向上していきました。録音の際にはノイズは念入りにチェック、環境音は勿論ですが、自分が話しているときに入るリップノイズに関しては少しでも聞こえたら何度も取り直します。また特に物語などに関しては、違う言語であっても、自然と感情や魂が伝わるように、心を込めて原稿を読んでいます。

●京都の小部屋から世界へ発信
海外向けにナレーションを受注していることから、最近ではイギリスの制作会社からBBCやドイツDWのラジオ番組のジャーナリスト、レポーターとしてのオファーも受けるようになり、ますますインターネットを通じて声で伝えられることの幅が広がっています。
ナレーションのプロとして、また国際ジャーナリストとして、日本語と英語を駆使し、世界各国の架け橋として人を幸せにしたいというのが松本好恵のモットーです。

●最近の海外業務
最近の主な海外業務実績としては、ジャーナリストとして、BBC、ドイツの国際放送局ドイチェ・ヴェレの取材をしています。ドイチェ・ヴェレでは英語レポーターとしてだけでなく、司会者としてのインタビューも受け、このような放送が評価され、同局にて日本の文化や、宗教観などを英語で紹介するようになりました。特に2015年8月7日放送「広島原爆生存者」を扱った放送では、多くの反響がありました。そのほか国内外のメディアなどでレポーター、ナレーターとして活動しています。

●松本好恵の主な業務実績
<メディア>
・ドイツ国際放送(Deutsche Welle)Hiroshima survivor(広島原爆生存者)
http://www.dw.com/en/hiroshima-survivor/av-18634471
・ドイツ国際放送(Deutsche Welle)Japan’s marriage equality priest(日本の同性婚)
http://www.dw.com/en/japans-marriage-equality-priest/av-18330911
・ドイツ国際放送(Deutsche Welle)Japanese Christmas Weddings(日本の結婚式)
http://www.dw.com/en/japanese-christmas-weddings/av-18142716
・ドイツ国際放送(Deutsche Welle)Big in Japan(日本のクリスマス)
http://www.dw.com/en/big-in-japan/av-16454846
・ イギリスBBC Radio 4 “Northern Soul Goes East”
・ イギリスBBCワールドサービス” Witness, The Birth of Karaoke”

<国内メディア>
・eo光チャンネル 「リトルほっぺ ~小さな動物たちが語る小さな世界~」
・KBS京都TV 「カオスパニック」リポーター、コーナー司会
・FM尼崎「特報aiaiタイムス」DJ
・FMリゾート和歌山「イブニング・カーム・パラダイス」DJ

<海外ナレーション>
・リシュモングループコンプライアンスDVDナレーション(フランス)
・Annual Haircut day「ねんにいちどのさんぱつのひ」、The shoe tree「くつのき」(インド)
・Voltage legend Japanネットラジオジングルナレーション(スペイン)
・Touch, Look, Listen ~ My First Wordsアプリ ナレーション(アイルランド)
・アクバンクダイレクトAkbankナレーション(トルコ)
・Who stole the moon「お月さまを盗ったのはだれ?」ナレーション(アメリカ)
・DJ Mad Dog & AniMe in Japan – Official Trailer翻訳・ナレーション(イタリア)
・ゲーム Painkiller Hell Damnation イブ役(オーストリア・ポーランド)

<国内ナレーション>
・TVCM:阪神タイガースファンクラブ、かんでんCSフォーラム、人形工房布施能登川本店、ゴルフレボ、eo光キャンペーン 、eo光ネット、滋賀県信用金庫協会、フレンドリー
・ナレーション:ミニストップ、ノバルティスファーマ、コスモ石油、シマンテック、コストコ、フィリップス エレクトロニクス ジャパン、スタインウェイジャパン、埼玉県選挙管理委員会、三重県観光協会、東京都「首都直下地震帰宅困難者等対策協議会」、草津市いきいき百歳体操DVD出演&ナレーション、JA滋賀交流事業イベント、全農販売者研究ビデオ、二足歩行ロボットMANOIくん・まのにゃんの声
・その他、美術館・博物館 音声ガイド、観光ガイド、法人PRビデオナレーション等多数